何も持ってない私だから、

学生生活、失敗。留学、失敗。就活、失敗、今、そこそこ。これから、にまり。

3/4

生まれてから9434日。

26の誕生日まであと63日。

30の誕生日まであと1524日。

 

3月も既に4日過ぎた。急がなければ。油断していると3月はすぐに過ぎ去る。過ぎ去って、疲弊の中で未来は閉ざされる。

今は、余裕がある。気持ち的にも、精神的にも、体力的にも。

だからこそ、今が頑張りどころである。今が、その時である。

絶対に、目標を達成して、3月末を、きっと笑顔で迎えるのだ。

2/26

昨日は、不安なことがほとんどなかった。校舎は静かで、時間を持て余すほどだった。

この、精神の安寧は、どこから来るのか。向き合うべき問題から目を背けているだけなのか。

 

分からないけれど、今日も、3月末を素晴らしい状態で迎えられるよう、できることを、粛々と、準備していこう。

2/24

①転職を考えたが、今の自分ではまったく価値がない。それに、今の会社で自分はまだまだ頑張れるし、結果を出したいとも思っている。したがって、今は、ちゃんとこの会社で働いて、頑張って、結果を生み出そう。そのために努力をしよう、という結論に至った。

②スクワットを約70回+約30回やった。気分がいい。スクワットをやるだけで、自分の身体がシュッと締まる気がするのだ。

③ファクトフルネスという本を買った。読んでいる途中。さして衝撃的なことは書いてなかった。新しい知識に圧倒されるということもなかった。ただ、自分の考え方を反省させられるような本だ。自分の欠陥をわざわざ言葉にしてくれている、そんな本だ。

④アルプス公園に行った。空は見事な快晴だった。向こうの山が美しかった。ふもとに広がる風景が太陽の光をキラキラと跳ね返していて眩しかった。

⑤やっぱりラジオはいい。聞き流せるからね。

すごく人間的に安定した人ってたまにいるじゃないですか。

ああいう人たちってどうやって育ったんでしょうか。

ああいう人たちの周りにはどんな人たちがいたのでしょうか。

ああいう人たちの育った家族はどんなだったのでしょうか。

ああいう人たちはどんなことを考えて学生の時代を生きてきたのでしょうか。

ああいう人たちは

ああいう人たちは

ああいう人たちはどんな人間関係的幸福に包まれてきたのでしょうか。

ああいう人たちは人間関係的幸福を追求してそうなったのでしょうかそれとも人間関係的幸福がああいう人たちのもとにやってきたのでしょうか。

 

ああいう人たちは、自分は、嫌いだったし、今も、少し、いやだいぶ、好きになれない、いったい、この差はなんなのだろう、卑屈の芽、苦しい、苦しい、苦しくて少し泣きたくなる。私はやはり人と比べることが大好きだったりする。

2/22

2/22。ねこのひ。

 

祝って欲しい。俺が自分でありえつつあることを。

俺が自分と言う人間を受け入れつつあることを。

俺が自分の性質を嫌うことがなくなりつつあることを。

俺が自分の欲求に素直でありつつあることを。

俺が、俺自身を苦しめる呪縛から解かれつつあることを。

 

祝って欲しい。

自分の思う自分と現実の自分とのギャップがだんだん少なくなってきていることを。

現実の自分の姿に、自分の意識上の自分が近づきつつあることを。

自分が「人の目を気にする」という性質に、客観的に向き合えつつあることを。

自分が、時々自然にサボれるようになりつつあることを。

自分の、余分な力が抜けてきつつあることを。

呼吸のしやすい自分の在り方が見つかりつつあることを。祝って欲しい。

 

諦念かもしれない。しかし、諦念として表現できるような、諦めや、失望や、無力感が、全く感じられないのだ。ああ、これでいいのだ、地に足がついている。この上で、具体的な作戦がたてられる、めでたいことだと。

祝って欲しい。行き過ぎた気持ちが、現実の自分を直視し始めたことを。

現実の自分の弱さを受け入れ始めたことを。

祝って欲しい。おめでとう、きっと成熟の第一歩だ。

おめでとう、やっと、自分の自分らしさのしっぽが掴めた。

自分らしさ、という、複雑怪奇なもののしっぽが掴めた、気がするのだ。

 

祝って欲しい。おめでとう。成熟の小さな大きな一歩だ、きっと。

 

あなたはあなたで、俺は俺だ。

 

「あるべき姿」が溢れているでしょう。そうでない自分に嫌気がさすことがあるでしょう。でも本当は、嫌気なんて感じる必要はきっとなかったのだ。

 

自分を含める人間に対して、

あたたかくて自然なユーモアと笑顔がある、そんなやわらかい思いやりさえあれば、どんな自分でもよかったのだ。